ゲーム論その2。定義の掘り下げ

ゲーム論その2。定義の掘り下げ

ゲームとは何か - ゲームの論とか言わせて

上記から続く。

「ゲームは課題の表現」という言葉を掘り下げる。

・課題

 課せられた問題。

 問題という言葉は色々と考えられるが、「何かをする(でもどうやって?)」という意味だと言える。

 また、単なる遊びと違うのは「そこに責任が生じる事」だ。

 他人に何かを課す事は、責任を持って行われる。遊びは無責任に行われている。

 

 問題を解く人と、問題を課す人に対して相互に生まれる責任。

 それは主に「問題の終わり」に対して責任を持つことである。

・いつ終えるか、どう終えるかは解決者自身で責任を持ちなさい。

・終える事ができること(=解決可能であること)は課す人が保障しなさい。

 というように。

 だからこそゲームのインタラクティブ性は特有だ。 

 

・表現

 表(おもて)に現すこと。表に現れたもの

 何が「表(おもて)」か。少なくとも創作では、創作が他人に対してあらわれているという意味だと考えられる。

 思考実験に「見ようとすると消えてしまう芸術作品」というのがあるが、私の立場ではそういった作品は「見ようとすると消えてしまう事」そのもので表現として成り立たせているのだ。そもそもそこに芸術作品があると分かっていなければ全く誰からも反応されない代物だ。家の壁に古い芸術品が埋まってるとか急にわかるもんじゃない。

 

 他人・世間・世界に対して現れるのだから、表現では倫理的な問題は解決されなければならない(倫理的問題を問いかけるのなら話は別かもしれない)。

 

 また、現れた"もの"なので、実体が存在する。データだ。(データが実体かどうかについての議論は余り関係ない)

 私は、データを次の3種に分けて考えている。

1.ルール(rule)

 規則や法則。「段差を飛び降りると死ぬ」「武器は一つしか装備できない」「Aボタンを押すとジャンプ」、物理法則等。

 プレイヤーに対しては、後述のノウハウ、ケースによって抽出される。脳内で作られる。明文化されることもある。

 ノウハウより抽象度合いが高く、なかなか変わらない。

 ゲームを作るうえではここを製作者側が決めてやる必要がある。逆に言えば非常に柔軟に決められる。

 

2.ノウハウ(knowhow/knowledge)

 経験によって得られた方法論、知識など。「この場所はこのモンスターが出やすい」「ここは段差が多くあるので死にやすい」「この武器は装備せずに投げたほうが強い」等。

 ケースによって抽出される。脳内で作られる。明文化されることもある。

 プレイヤーが学習によって得るものであり、製作者が事前に決定できないものだ。しかし、ある程度誘導することは出来る。

3.ケース(case)

 実物。具体(例)。マリオで言うステージそのもの。ドラクエでいう敵、マップ、一回一回の戦闘、シナリオ。世界等。

 プレイヤーが目で見て手でいじり、耳で聞くもの(直接プレイヤーに表現されるもの)はこれ。唯一実体が外部にある。

 製作者が作る実物はこれだ。ここの作り方次第でノウハウを上手く誘導できるかどうかが変わってくる。

 

似たもの(?)との違い

以下では、次のページを参考に、他のものとの違いを考える。

ゲーム論・ゲームとは何かhttp://www.asahi-net.or.jp/~rp9h-tkhs/g_ron01.htm

ゲーム論・ゲームとは何か(2)http://www.asahi-net.or.jp/~rp9h-tkhs/g_ron02.htm

テレビゲームはパズルであるhttp://www.asahi-net.or.jp/~rp9h-tkhs/g_ron05.htm

 

遊びとの違いは既に書いたので割愛。

玩具とゲームの違い

 玩具にはルールがない。

競技・スポーツとゲームの違い

 「結果だけが重要だ」と言う点でこの二つは同等だ。

 ゲームは「何かをする事を課すもの」だとするなら過程のほうがより重要だといえる。

文化とゲームの違い

 これだけ他のものと違って総称だ。行為の美しさを重視するって事らしい。

 ゲームで言えばRTA・TAS等の事だろうか。

 ゲームも文化の一部だ、といえる。

 華道、茶道はゲームじゃないらしい。しかし、これらに対して自分でゲームとして定義してやることは出来るとおもう。ただ、既存のゲームとちょっと評価の仕方が違うだけで。

ギャンブルとゲームの違い

 運要素が大きく絡むのが特徴。ゲームと違うのは、プレイヤー同士で金銭の授受等の責任を負う事や、プレイヤーのノウハウの差がゲームの決定的な差になりにくい事だろうか。

クイズとゲームの違い

 ルールは「回答者はクイズに答える」。後は回答者の知識依存。

 ルールは定まっているから、ゲームの一種と考えてもいい気もする。

パズルとゲームの違い

 ギャンブルと違い、運要素が全くない(テトリスとかぷよぷよのような落ち物パズルは例外)。

 

コンピューター相手のゲームはゲームじゃない?

 結果や答えが決まっていないものがゲームだ、コンピューターゲームはパズルだ、という。

 別に決まってても良い気がする。というか、答えを知らなければ別にいい気がする。

 テトリスぷよぷよローグライクなんかは、「いつかは分からないけど、必ず死ぬ」ことは決定されている。rpgだって初回プレイのときはストーリーの結末を知らない。最初DQ5が3章構成だって事を私は知らなかった。

 この場合、「製作者対プレイヤー」の構図だとか言われている。推理小説なんかにあるタイプのものだ。見方を変えれば遅効性の人間対人間だからゲームでも問題ない気がする。また、ゲーム自体に追加データや更新を行えるようになったので、製作者対プレイヤーでもその頻度は高くなっていると思う。

 近年の技術進歩で、対人の代わりとして実用になりうるAIが作られたときにどうなるのだろう……。(そうなったらそいつはもう今の「コンピューター」じゃないかもしれない……)