ゲームの論とか言わせて

ゲームの話とかを書いてます。「とか」が多くを占めます。

4年くらい必要だった

4年くらい必要だった

何の話かというと、メタ思考についての経験を確信に変えることに4年必要だった、という。

今の確信事は主には次のようなもの。

・メタ的な考えからはメタ的なものしか生み出されない
・必要なのはモデルについての思考であって、メタについての思考ではない

という2つだ。

  • 考えてみてほしい。いくら小説を読んで「尺的にこうなるのかな」と考えてもそれはまず当たらない。「尺的にそろそろオチだな」ということは考えられるけれど、それはメタの領域を出ていない。実存の領域に入ることはありえない。いくら映画やアニメやラノベを見て「物語はこういうものだ」という事を考えてても、一向jに小説が作れていない自分が一番わかった。
  • 「メタ思考っぽいもの」としてモデルをあげたけれど、他にもあるかもしれない。言いたい事は、モデルならば入口と出口があり、それは両方とも自分の外側にあるという事だ。メタの領域は入口が脳内、出口がこういう文章だったり脳内だったり発話だったりする。例えば、音楽でいう音階や和音の話はモデルだけれど、それらによってできる曲について自分がどう考えるか、という事はメタな思考だと思う。どちらも同じ抽象化で在るけれど、これくらいの違いがある。
  • 脳内で完結するから、基本的には自己の内に在るものを扱う思考だと言える。つまり自己言及にはうってつけの思考形態である。
  • 自己啓発は何も生まない。今までそういうの多めに漁ってきたけれどもうやめる。
  • ゲーム論はモデルを作る方向で書いていくことにする