ゲームの論とか言わせて

ゲームの話とかを書いてます。「とか」が多くを占めます。

書く内容が後になればなるほど破滅していく話

書く内容が後になればなるほど破滅していく話

自分語りしまーす

 何も生産していないので、何か書くだけでもしようとして、最近考えてたことを引っ張り出して纏めてみようとして、分量が小さいので肉付けしようとして、なぜか書いてたことよりも話が発展して、結果的に纏りにくくなって、一部をよく考えたら前にブログに書いてあったことじゃんと思い出して、繰り返しを避けようと書くのに戸惑って、思ったより書き終わるのに時間がかかるのがストレスになって、適当なところで妥協して大雑把に書いて、何のために書いたのかその記述行為の意味を疑って、結局は暇つぶしだったんだなという結論で、やはり何も生産してないじゃんかと一人で悟る。

 

 結論を先に書いてあとから補足するという形でブログを書くと、どうもどこまで肉付けしたらいいのか分からなくなる。

書き方が英語の文法のそれだ。主文を書いてからあとから補足情報を書く。

 問題は、自分がコミュ障なので何処で区切ればいいのか分からなくなることだ。

 コミュ障と言えば、会話中の質問で、その内容を相手が答える前に訂正する、という事を最近頻発している。これ、自分がやられるとストレスになりそう(そういう人を見たことはないから憶測だし、自分はこうだから相手もそうだろう、というのは全く一般には通用しない)。言い始めてから考えてるからかもしれない。難しい。

 もう一つの問題は、話が急に飛躍しているという感覚があること。段落として続いている分である以上、論理の筋道をつける必要があるが、それを書くことを怠っている。普段から箇条書きをしている癖なのだろうか。メモを文章に翻訳する時はどうもそのままつなげるってわけにはいかない気がする。

 あとは、相手が答えてくれた時に、「確かに正しいんだけど、これも考えた方がいいよね?」的な指摘をすることも問題にはある。この種の発言はエゴの押し付けの気がしている。人に対して論理的正当性を押し付ける発言なので、いくらか心苦しい。エゴ発言は相手に要求せずに虚空に投げとく程度がちょうど良いと今おもった。

 発言が論理的に正しくない(または、話の本筋からそれてる)のを自分で感じ取り、すぐに訂正しようとして発言を中断、訂正しようとする。そこでさらに間違うと収拾がつかなくなり、会話が果てる。論理的に正しい話をしないのに訂正しようとするので地獄になる。訂正しようとしなければいいけれど、一方で正しいこと言ってない自分は相手に信用されないんじゃないだろうか、という感覚もあり、……などと気持ち悪い思考が走る。

 話は変わるが、最近twitterみてると「~~(何らかの名詞,体言)、---(~~に続けて何か書く)」という形態の文が散見される。別に悪くないしじゃんじゃか使っていいと思うけど、なんか鼻につく書き方だなと見るたびに思うようになった。それでもたまに自分でもその型で呟くことがあるのでこれ以上は言わない。